ヒックの法則とは
ヒックの法則は、人間の意思決定と選択肢の数に関する心理学的な法則であり、特にユーザーインターフェース(UI)や情報設計の分野で広く応用されています。この法則は、1952年に心理学者ウィリアム・ヒック(William Edmund Hick)とレイ・ハイマン(Ray Hyman)によって提唱されました。
ヒックの法則の基本的な考え方
ヒックの法則は、「人が何かを選択する際、その選択肢が多ければ多いほど、決定に要する時間が長くなる」という原則に基づいています。数式で表すと、以下のようになります。
T = a + b log₂(n + 1)
ここで、
- T は反応時間
- a, b は経験的に決まる定数
- n は選択肢の数
この式からわかる通り、選択肢の数が2倍になると、選択に必要な時間も対数的に増加することが示されています。つまり、選択肢が増えるごとに負荷は増しますが、その増加量は一定ではなく、徐々に小さくなるという特徴があります。
「ジャムの実験」が示す選択の心理
ヒックの法則に関連する実験として有名なのが、「ジャムの実験」です。これはコロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授が行った実験で、スーパーマーケットにおいて異なる数のジャムの試食コーナーを設置し、購入行動にどのような影響が出るかを調べたものです。
実験では、まず24種類のジャムを並べた試食コーナーと、次に6種類のジャムだけを並べた試食コーナーが用意されました。その結果、24種類のジャムがあると多くの客が興味を持って立ち寄ったものの、実際に購入に至った人はわずか3%でした。一方、6種類のジャムの場合は、来客数はやや少ないものの、実際の購入率は30%に跳ね上がったのです。
この結果は「選択肢が多すぎると、かえって行動に結びつかない」ことを示しており、ヒックの法則と強く関係しています。選択肢が多いことで意思決定にかかる時間が増えるだけでなく、選択自体がストレスや不安を引き起こし、最終的には「選ばない」という選択に繋がってしまうこともあります。
UI/UXデザインへの応用
こうした心理は、WebサイトやアプリなどのUI/UX設計においても同様です。例えば、多すぎるメニュー項目、情報が詰め込まれたトップページ、何十種類もあるフィルターオプションなどは、ユーザーの決断を妨げる原因になります。そのため、重要な選択肢に絞り込み、段階的な誘導を行うことで、ユーザーの迷いやストレスを減らすことが求められます。
ヒックの法則の限界
ヒックの法則は以下のような条件では効果が薄れる場合があります。
対象に慣れている場合
ユーザーが対象に慣れていれば、選択肢が多くても迅速に判断できます。
目的が明確な場合
あらかじめ買いたいものが決まっていれば、選択の迷いはほとんどありません。
カテゴリ化が適切に行われている場合
分類がうまくなされていれば、多くの選択肢も処理しやすくなります。
まとめ
ヒックの法則は、選択肢の数と意思決定にかかる時間との関係を示した心理学的な法則です。加えて「ジャムの実験」が示すように、選択肢が多すぎることはユーザー体験においてマイナスにも働き得ます。これらをふまえた設計により、ユーザーはストレスなく自然に選択を進めることができ、より心地よい体験を提供できます。